
生成AIの普及によって、マーケティング実務の効率は大きく向上しました。
一方で、誰もが同じデータやロジックにアクセスできる時代だからこそ、「本質的な顧客インサイトをどう見極めるか」という問いは、むしろ重要性を増しています。 サッポロビールでRTD(缶を開けてそのまま飲める、缶チューハイなどの飲料カテゴリー)の商品企画/開発を担う村松佑馬氏は、常時複数の企画を同時に動かしながら、「お客様の話を鵜呑みにせず、発言の裏に隠された課題を感じ取る」という姿勢でインサイトを掘り起こしています。データと直感をどう両立させているのか、そしてAI時代の商品開発者に求められる役割について、村松氏に伺いました。
コンセプトの核となる「争点」と、分業してもブランドの軸がブレない理由

──まずはこれまでのご経歴と、現在の仕事内容を教えてください。
村松:2018年に転職して、サッポロビールに入社しました。最初の3年ほどは営業を経験し、その後、商品開発の部署に異動しました。現在はRTD、いわゆる缶チューハイのカテゴリーを専任し開発リーダーとして新商品の開発を担当しています。
弊社の企画開発は、企画の立ち上げから価値構造の構築、商品の中身やネーミング・パッケージ・コミュニケーション戦略の前半フェーズまでを担当する仕事です。いわば「商品の生みの親」の役割といえます。
発売が決定してコミュニケーション戦略を本格的に検討するタイミングから「育ての親」であるブランド担当と協業していき、商品の発売以降は、ブランド担当が育成を主として担っていきます。
──ということは、発売後は村松さんの手を離れていくのですね。
村松:そうです。ブランド限定品の開発やリニューアルの開発を担ったり、コミュニケーションを考えていく上で私もチームの一員として参加しますが、ブランドオーナーではなくなります。
発売後は基本的に私の手を離れ、私は次の新しいブランドづくりに向かいます。企画立ち上げから発売までは短くても1年ほどかかるため、開発フェーズの異なる企画が常に10個ほど同時進行しています。ひとつの企画が発売を迎えて手を離れると、空いたリソースで自ら新しい企画を立ち上げるため、玉突きのようにプロジェクトが進んでいくイメージです。
──開発担当からブランド担当に主体が移っても、コンセプトがブレないようにするために、何を大切にしているのでしょうか。
村松:コンセプトは「インサイト、ベネフィット、RTB(Reason To Believe)」に大きく分解できます。価値の構造を正しく目線合わせすることが重要です。表面的な商品特徴をお客様に魅力的に伝えていく。という単純な話ではなく「購入」という現象の手前にある、お客様がなぜこの商品を手に取りたくなるか。を整理して常にお客様視点で施策を検討することがとても大切です。
また弊社では、コンセプトの核となる部分を「争点」と呼んでいます。
要するにお客様の潜在的なニーズを掘り起こし、そこに”新しい気づき“を与えるキーポイントを指します。ここを担当者で事前に検討しておき「どんな言葉を使って伝えるか」「どのようなキャスティングで接点を増やしていくか」という手段の話になって初めて、代理店やブランド担当と一緒にコミュニケーション戦略の具体化な検討を進めていきます。
「言われてみれば、たしかにそうしていた」お客様も気づいていない課題の見抜き方

──日々のインサイト発掘は、どのように行っているのですか。
村松:SNSのモニタリングや調査データからの情報収取も行いますが、中心は探索型のデプス調査です。直近2週間でも、15人ほどの方にオンラインで30分ずつお話を伺いました。調査の際は、商品そのものについて聞くのではなく、生活価値観や日常の過ごし方、お酒が果たす役割などを伺っていきます。ただ、大抵のお客様は、それほど明確な困りごとを抱えてはいません。
そのため、お客様の発言や行動、細かな機微から「見栄」や「取り繕い」「妥協」などを察知し、質問を重ねながら心の揺らぎを観察します。そうした観察の積み重ねから、「無意識の諦め」といった仮説が見えてきます。
──「無意識の諦め」とは、具体的にはどのようなものですか。
村松:一例となりますが、相反する2つの要素について、お客様が「両立できなくて当たり前」と無意識に諦めていることがあるんです。具体例を挙げると、無糖のサワーは、甘くなくて食事に合うという大きなメリットがありますが、すっきりしていることで飲んだあとの満足感は、ビールや甘いレモンサワーよりも低くなることがあります。しかし食事に合う価値を求めて商品を選択している結果、お酒としての満足感を損ねていることに、お客様本人は自覚していないことがあります。この「それは仕方がない」という思い込みを、技術を含めたイノベーションで解決する余地があると考えています。
──インサイトは、そうした対話の中から見つかるものなのでしょうか。
村松:見つけるというより、自分自身で開発していくものだと考えています。「無意識の諦め」が見つかったとしても、それがそのままコンセプトの骨格になるわけではありません。その発見から仮説を立てて、再度検証のためのデプス調査を行っていきます。
同じ調査でも、探索と検証を分けることが重要です。 仮説や商品を念頭に置いてお客様に向き合うと、都合の良い情報ばかりを拾ってしまい、答え合わせのようになってしまいます。まずは広く探索し、純粋にお客様が困っているポイントを見極めることを大切にしています。
検証データは「絞り込みの材料」最後の決め手になるのは「意志」

──検証段階では、どのようなデータを見ているのでしょうか。
村松:何百人ものお客様に、商品が棚に並んだ状態を見せて手に取ってもらえるかを検証したり、試飲してもらい、パッケージを確認した上での好意度や購入意向を測定します。ただ、これは過去の企画と比較できる指標にはなりますが、一定の基準をクリアした企画の方が実際に売れるかというと、必ずしもそうではありません。そのため、検証データはあくまで絞り込みの材料として使っています。
──データだけでは、実際の売れ行きは測れないということですね。
村松:はい。実際に売れるかどうかを左右する要因は、多岐にわたります。流通で採用されるか、コミュニケーションに投資できるか、クリエイティブが本当にお客様に伝わる内容か、競合の新商品と発売が重ならないか。これらが初動に大きな影響を与えることもあるため、多面的な視点で評価する必要があると考えています。
──それでも、最終的にゴーサインを出す判断の決め手はどこにあるのでしょうか。
村松:多面的に勝算やリスクを検証しますが、すべての要素が120%完璧に揃わなければ発売しない、というわけではありません。一定の確証や勝算が得られれば、最終的には「意志」や「直感」で決定することも私は必要だと思っています。
──データだけではなく、「意思」を大切にする根底には、どのような考えがあるのでしょうか。
村松:全く新しい価値(商品)を世の中に問うとき、今のデータだけでは測定しきれないことが前提にあります。
商品開発とは消費者であるお客様を心から大切に思い、真摯に向き合うことがすべての出発点です。「他社と戦う」のではなく、「お客様の新しい喜びを創りに行く」という姿勢を忘れないこと。お客様の発言に深く寄り添いながらも、それを鵜呑みにせず疑う。この一見矛盾する姿勢を両立させることを、大切にしています。
「サイエンス」はAIに、「アート」は人に、変わる商品開発の役割分担
──AIは、商品開発の現場ではどのように活用されていますか。
村松:議事録の要約やリサーチ業務はもちろん、「AIデプス調査」といったサービスも導入しています。クリエイティブのテストやパッケージデザインの作成にも活用しており、実務の要所に浸透してきています。
たとえば対面のインタビューでは、モデレーター(質問者)に対して、見栄を張って取り繕ってしまうことも少なくありません。AIデプス調査では、AIのフラットで無機質なキャラクターのおかげで、回答者が身構えずに本音を返してくれる可能性に期待しています。
──AIと人をどのように使い分けているのですか。
村松:「探索」は発言ではなく心や発言の背景を見に行くため、まだ人が担う部分が大きく、「検証」はAIのほうが得意(効率的)だと考えています。
現在のAIを活用した調査は、発言を整理して仮説を構築する力には長けていますが、まだ発言の裏にある、言語化できない情報を読み取る力は人に及ばないと感じています。
一方で、仮説がある程度シャープになった後の検証フェーズであれば、これまで定量化が困難だった定性データも、AIを使って定量的に分析・可視化することが可能になりました。これは人だけでは難しい領域です。
AIを取り入れたことで、業務効率は圧倒的に向上しました。デプス調査はモデレーターのスキルによって質が左右されますが、(検証において)AIなら一定の水準で安定したクオリティを担保できます。この「品質の安定化」は大きな変化です。
また人間の力によって「質の高い1次情報」が取れた場合において、そこからの仮設の幅出しや、思考の漏れを無くすことができるという意味では、成果物の質の向上にも寄与していると言えます。
──役割分担という意味では、AIと人はどのようにすみ分けていくのでしょうか。
村松:マーケティングには「アート」と「サイエンス」の側面がありますが、現在AIが大きな価値を発揮しているのは主に「サイエンス」の領域です。
「アート(人の心への向き合い方、察知の仕方、心の奮わせ方)」は、まだ人間に軍配あがると思っていますが、仕組み化も含めた論理の部分をAIが担うことで、私たちは今まで以上にお客様に向き合う時間が増え、より集中できるようになると感じています。
──今後、AIの活用が進むことで、商品開発やマーケターのあり方はどう変わっていくと思いますか。
村松:誰もが同じデータにアクセスできるようになる分、市場の結論が似通ってしまうリスクもあります。だからこそ「いかに質が高くユニークな1次情報を取得できるか」という力がこれからのマーケターには求められると考えます。AIはお客さまの息遣いを聞き、言葉にならない困りごとを感じ取ることはできないため、今まで以上に1次情報の重要性が増してきます。
またお客様を開発プロセスに巻き込む「共創」という発想も、AIの力を借りながら進んでいくと考えています。
「Findy Insights」について
村松氏が体現するような「一次情報を集め、検証し、意思決定する」高速サイクルを、自社の商品開発にも取り入れたいと考えるチームを支援するのが「Findy Insights」です。
「Findy Insights」は、仮説検証・事業開発を加速させるAIエージェントです。AIリサーチマネジメント・AIインサイトマネジメント・AIソリューションマネジメントの3機能を一気通貫で提供し、市場分析から顧客インタビュー分析、解決策の優先度設計までを自動化します。大手通信キャリアや製造業、ベンチャー企業のプロダクト開発部門など幅広い企業に活用されており、分析・資料作成の大幅削減と仮説検証サイクルの高速化を実現しています。

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