AIには「最大公約数」を、人は「ノイズ」を ——味の素冷凍食品が実践するインサイト創造の型

生成AIの普及によって、リサーチや要約、仮説出しは急速に効率化されています。一方で、商品や事業を本当に動かすインサイトは、アンケートの回答や既存データの集計結果だけでは捉えきれません。

味の素冷凍食品株式会社で執行役員 DX戦略推進部長を務める道祖土 征紀(さいど まさのり)氏は、長年のマーケティング経験を通じ、行動データに表れる“ノイズ”=個別具体の気持ちにこそ、共感されるインサイトの種があるという視点で、本音を掘り起こしてきました。AI時代に人が担うべき役割とは何か、道祖土氏に伺いました。

バリューチェーン全体を見る「指揮者」としてのマーケター

道祖土 征紀氏

──まずはこれまでのご経歴と、現在のお仕事について教えてください。

道祖土氏:1993年に味の素株式会社へ入社し、最初の4年間はリテールの営業を担当しました。その後は味の素グループの国内外の会社で、一貫してマーケティングに携わっています。前半はブランドマネージャーとして個別の商品を担当し、その後は事業全体を統括する立場を経験しました。

味の素冷凍食品株式会社には2020年に赴任し、マーケティングDX推進室の立ち上げを担いました。2024年からは対象をマーケティング分野に限らず、全社のDXを推進する部署へと発展しています。

──味の素グループでは、マーケターはどのような役割を果たしているのでしょうか?

道祖土氏:弊社のマーケターは、PLのトップラインからボトムラインまで、原料調達から研究開発、生産まで、バリューチェーン全体を把握する立場にあります。よく社内では、マーケターはオーケストラの指揮者だと例えられます。

各楽器の専門家がそれぞれの力を発揮しても、指揮者がいなければ良い曲にはなりません。研究開発、生産、営業、コミュニケーション、それぞれの役割をコーディネートし、一つの価値を作り上げていく。それが味の素グループのマーケターの役割だと思っています。

アンケートには答えられない本音を、行動データから掴む

──日々のインサイト発掘は、どのように行っているのですか。

道祖土氏:行動観察ですね。質問に対する答えではなく、その人の行動や、自発的に発言したことを見ていくことを大事にしています。そもそも、答えられない本音がインサイトなので。アンケートや質問票に答えてくれたことも、その時に本人が思っていたことなので嘘ではないのですが、「べき論」や「こうありたい」という理想がどうしても入ってしまいます。行動はその時の気持ちをピュアに表しますし、SNSに上がる声も同じです。質問に対して答えたものとは、性質が違うと思うんですよね。

──行動観察のほかにも、見ているデータはあるのでしょうか。

道祖土氏:購買履歴やウェブの閲覧ログなども見ます。よく定量・定性という言葉が使われますが、私はあまり好きではありません。元々は英語でQuantitative dataとQualitative data、直訳すれば量的データと質的データですよね。

量と質は本来対等な概念のはずなのに、定量・定性と言うと、定量ははっきりしていて客観的、定性はぼんやりして主観的、というイメージになってしまう。インサイトを見に行くときは、質的データを見た方がいいと思っています。

──質的データと量的データは、どのように使い分けているのでしょうか。

道祖土氏:仮説を立てるときは質的データを使って、それが本当に人に響くのかどうかを検証するときに量的データを使っています。市場規模や購入率といった数字は、当然量的データで見ます。ただ、クリエイティブな仕事に近づくほど、質的データの重要性が増すと感じています。

──購買データなどは、どのように見ているのでしょうか。

道祖土氏:私たちが見ているのは、単なる購買履歴ではなく、その人の暮らしや価値観です。人の生活は、お金を払ったものでできていますし、何にお金を使うかには、その人の価値観が表れると考えています。

実際には、3年分・1人あたり約2,000行に及ぶ購買データを分析することもあります。そうしたデータを見ていると、「この時期に風邪をひいたのかな」「お子さんが小学校に入学したのかな」といった生活の変化が見えてくるんです。お弁当箱を購入していたり、お弁当用のおかずが増えていたりすると、新生活が始まったことが想像できますし、購入店舗の変化から引っ越しが推測できることもあります。

一つひとつは単なる購買データですが、それらを時系列で追っていくと、その人の暮らしや行動の変化が浮かび上がってきます。だからこそ、こうしたデータを楽しみながら読み解くことが、この仕事ではとても大切だと感じています。

「ノイズ」を価値に変える思考法

──ここまでのお話は、行動データという「見える」情報が中心でした。一方で、道祖土さんはよく“ノイズ”という言葉を使われますが、これはどのような考え方なのでしょうか。

道祖土氏:私が言う「ノイズ」とは、一人ひとりに固有の、一般化できない行動や感情のことです。実は、その部分にこそ、その人らしさや本音が表れていると考えています。

たくさんの人の行動データを重ねていくと、多くの人に共通する特徴ほど中心に集まっていきます。AIが出してくる答えは、基本的にはこの中心にある、いわば「最大公約数」の答えです。

もちろん、それ自体は重要です。ただ、本当に人の心を動かすインサイトは、その中心から少し外れた部分にあります。つまり、「なぜこの人だけこんな行動をしたのか」「なぜこの発言が出てきたのか」といった、一人ひとり固有の“ノイズ”です。

まずは共通する傾向を捉え、そのうえでノイズとなる個別具体の行動や発言を組み合わせる。そうすることで、多くの人が「まさに自分のことだ」と感じられるような、共感性の高いインサイトが生まれるのだと思っています。

──具体的には、どのようなものでしょうか。

道祖土氏:例えば、多くの人が「お母さんの手作り料理は良いもの」と考えがちです。これは多くの人に共通する“中心”の考え方ですよね。

ただ、その料理を作っているお母さんの気持ちは、必ずしも毎日「楽しくて仕方がない」わけではありません。疲れて仕事から帰ってきて、本当は今日は作りたくない日もある。それでも、母として、妻としての責任感やプライドが、「手を抜きたくない」という気持ちにつながっていることもあります。

データの中心だけを見ていると、「手作り料理=愛情」という一面的な解釈になりがちです。しかし、その裏側にある葛藤や迷いまで含めて捉えることで、人は「わかる、それが現実だよね」と共感します。

私は、その“中心”だけでは見えてこない感情こそがノイズであり、それを掛け合わせることで、人の心を動かすインサイトになるのだと考えています。

──ノイズという考え方は、どこから着想を得たのですか。

道祖土氏:これは私のオリジナルの考え方ではなく、さまざまな書籍や考え方に触れる中で、自分なりに共感し、取り入れてきたものです。

特に影響を受けたのが、文芸評論家の三宅香帆さんの考え方です。三宅さんは、「知識とは情報とノイズでできている」とおっしゃっています。情報が物事の中心だとすれば、ノイズは背景や文脈、周辺知識のことです。

著書『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』をテーマにしたウェビナーでも、本を読んでいて本当に知りたい情報はごく一部で、残りの多くはノイズだと語られていました。生成AIは必要な情報だけを取り出すことができますが、本はノイズが多いメディアです。だからこそ、仕事で効率的に情報だけを追い続けていると、本を読むこと自体が面倒に感じられるようになる、という指摘にはとても共感しました。

もう一人影響を受けたのが、株式会社アマナで取締役でありクリエイティブエバンジェリストを務める児玉秀明さんです。児玉さんは、「ノイズとは不完全さやカオスであり、人の思考を揺さぶるもの」だと表現されています。

私自身も、情報だけでは人の心は動かず、その周辺にある文脈や矛盾、不完全さがあるからこそ、本質的なインサイトにつながるのだと考えています。

AIに任せる仕事、人に残る仕事。ノイズを見抜く人材の育て方

──マーケティング活動において、生成AIをどのように活用されているのでしょうか。

道祖土氏:大量のデータから必要なものを抽出し、関連付けて解釈し、示唆を得るというところまでは活用しています。特にデータ分析や販売予測、生産計画などは、人がやると時間がかかりますし、なかなか気付けないこともあるので、AIに任せるのがよいと思います。

──一方で、AIに任せきれない部分もあるのでしょうか。

道祖土氏:アイデアを考えるなどの、クリエイティビティの高い業務をAIに任せていいのか、どれだけ任せられるのかは、正直まだ分からないですね。AIが発展していく過程で、人が何をやるべきなのか、そこで求められる能力やマインドは何なのか。ここは会社の考えというより、私個人としてよく考えなければいけないと思っている部分です。

──ノイズを見つけられる人材を、どのように育てているのですか。

道祖土氏:実は、明確な型として教えているわけではないんです。行動の足跡や購買データの軌跡を、実際に読み解く経験をできるだけ積んでもらう。ただ、「そういう視点を持つとインサイトが見つかりやすい」ということ自体は知識なので、まずそれをインプットしてもらって、そのうえで経験を積んでもらう、という順番ですね。

1人のデータから気づくこともあれば、複数人の話の奥底が一致して見えてくることもある。ひらめくというより“納得する”感覚に近いです。

──経験を積む以外に、大切にしていることはありますか。

道祖土氏:楽しむことです。ノイズの話でも挙げましたが、2000行のエクセルを楽しみながら眺められるかどうか。その人の気持ちが見えた瞬間が、単純に面白いんですよね。人の生活はその人がお金を払ったものでできている。この視点を持って行動データと向き合えるかどうかが、インサイトを創造できる人材を育てるうえで、一番大事なことだと考えます。

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