生成AIは、ソフトウェア開発のあり方を大きく変えつつあります。
コード生成、デバッグ、ドキュメント作成、リファクタリング。
これまでエンジニアが時間をかけて行っていた作業の多くを、AIが高速に支援するようになりました。
もはやAIは、一部の先進的な開発組織だけが使う特殊ツールではありません。
開発現場における「標準インフラ」になりつつあります。
実際、DORA 2025の調査では、開発者の90%がすでにAIを業務に活用しています。
一方で、AI活用が進むほど、
- 「若手エンジニアが育たない」
- 「AIコードをレビューできない」
- 「理解せずに実装が進む」
- 「開発速度は上がったのに品質問題が増えた」
といった問題も顕在化しています。
Stack Overflow 2025では、AIツールの出力を「信頼している」と答えた開発者は29%にとどまりました。
また、AIを使ってタスクを完了した開発者は、そうでない開発者と比べてスキル習得スコアが17%低かったという研究も報告されています。

AIによって開発速度は向上している。
しかしその一方で、学習機会や理解プロセスが失われている可能性がある。
いま、多くの開発組織で起き始めているのは、「生産性向上」と引き換えに、スキル形成が空洞化していく問題なのかもしれません。
本記事では、AI活用によって開発生産性が向上する一方で、なぜエンジニア育成が難しくなっているのかを整理し、AIによって学習プロセスやスキル習得がどう変化するのかを研究や調査をもとに解説しながら、特に失われやすいスキルとその背景を考察します。
そのうえで、AIによる生産性向上とスキル形成を両立するために、開発組織がどのような育成設計を行うべきかを紹介します。
AIで開発は速くなった。では、品質はどうなったのか
生成AIによって、開発速度そのものは大きく変化しています。
DORA 2025では、AIが特に活用されているタスクとして、
- 新しいコードの記述
- 既存コードの修正
- ドキュメント作成
- デバッグ
などが挙げられています。

ただし、速度向上と品質担保は別問題です。
CodeRabbitがOSSのPull Requestを分析した調査では、AI共著PRは、人間だけで作成したPRに比べて、平均1.7倍のレビュー指摘が発生していました。

つまり、
- 「コードを書く速度」は上がる
- しかし「レビュー負荷」も増える
という現象が起きているわけです。
これは、AIが”正しそうなコード”を高速に生成できる一方で、その内容を人間側が理解・検証できる必要があることを示唆しています。特に問題になりやすいのは、「ほぼ正しいが惜しいコード」です。Stack Overflow 2025でも、開発者がAI活用で最も困っていることとして、「ほぼ正しいが完全ではない出力」が挙げられています。

一見正しく見えるコードは、完全に間違っているコードよりも悪い可能性があります。
- 設計意図を十分に理解しないまま実装が進む
- AI生成コードを鵜呑みにする
- レビューが形骸化する
- 技術的負債が蓄積する
という問題が起きやすくなるためです。
そのため、AIを扱うための土台になる「基礎スキル」の重要性が増しているのです。

AI時代のエンジニア育成が難しくなる理由
ここまで、AIによる「品質」の問題点と、AIを使うために基礎スキルが重要であると述べてきました。
ここでもっとも注意を払いたいのが、「AIによって、スキル習得のための学習プロセスが失われ、スキル空洞化が加速し、AIによる問題も加速する」というシナリオです。
認知心理学や学習科学では以前から、「人は、困難を乗り越えるプロセスを通じて学習する」ことが知られています。
認知心理学者Bjorkは、「学習時のやりやすさ」と「長期的に使える知識」は一致しないと指摘しました。教育心理学者Manu Kapurは、”先に格闘させる学習”の方が、後続の応用課題で高い成果を出すことを示しています。近年では、Python教育でも同様の傾向が確認されています。

つまり、
- 試行錯誤する
- エラーにぶつかる
- 原因を考える
- 修正する
- 説明する
というプロセス自体が、スキル形成の本体だった可能性があります。しかし、生成AIはこの「つまずき」を大きく減らすことで、学習機会そのものを減らしている可能性が示唆されています。
AIを使うとスキル習得はどう変わるのか:Shen & Tamkin(2026)の実験
Shen & Tamkin(2026)の研究が、これをさらに裏付けました。この研究では、ソフトウェアエンジニア52名を対象に、ランダム化比較試験が行われました。
参加者は、AIあり群 / AIなし群 の2グループに分けられ、未経験のPythonライブラリを用いた課題に35分間取り組みました。その後、理解度テストを実施し、スキル習得への影響を比較しています。
結果は興味深いものでした。
AIあり群は、AIなし群と比較して、平均スキル習得スコアが17%低かったのです。一方で、タスク完了時間には統計的に有意な差はありませんでした。
つまり、
- AIを使えば劇的に速く終わるわけではない
- しかし学習理解には差が出る
という結果が示されたことになります。

さらに興味深いのは、AIあり群では、発生したエラー数の中央値が大きく減少していたことです。エラーの数が、AIなし群では中央値3件だったのに対し、AIあり群では1件でした。
このことから、Shen & Tamkin(2026)は、エラーと向き合い、原因を考え、修正するプロセスそのものが、スキル形成に重要だった可能性を示唆しています。
つまりAIは、「つまずき」を減らすことで、「学習機会」そのものも減らしている可能性があるのです。

AIコーディングで失われやすいのは「デバッグ力」「概念理解」
さらにShen & Tamkin(2026)の研究では、どのスキルに差が出たのかも分析されています。
特に影響が大きかったのは、
- デバッグ
- 概念理解
でした。

AI時代に重要なのは、「AIに正しく指示を出せること」「AIが出したコードを検証できること」という能力です。しかし、AIを使うことで、そのスキルが育ちにくくなっていることが示唆されています。
AI時代では、人間の役割は「ゼロからコードを書くこと」ではありません。
むしろ、
- この設計は妥当か
- 境界値に問題はないか
- セキュリティ上の懸念はないか
- 既存アーキテクチャと整合しているか
を判断する能力の重要性が増します。しかし、その能力自体が、AI活用によって育ちにくくなる可能性があります。
これは、もはや単なる個人スキルの問題ではなく、開発品質やレビュー文化、技術的負債にも直結する、組織的な問題といえるでしょう。
問題はAI利用そのものではなく「主体的な関わり」の有無
一方で、この研究はもう1つ重要なことも示しています。それは、「AIを使うこと自体」が問題なのではないということです。
Shen & Tamkinは、AI利用群の画面録画も分析し、利用パターンを整理しています。その結果、高スコア群と低スコア群では、AIの使い方に大きな違いがありました。
高スコア群は、
- AIに説明を求める
- 原理を確認する
- 自分で考える
- AIの回答を検証する
といった、「主体的な関与」を維持していました。
一方で低スコア群は、
- 実装
- デバッグ
- 問題解決そのもの
をAIに委任する傾向が強かったとされています。

つまり、AI活用によって差を生むのは、「AIを使ったかどうか」ではなく、「人間がどこまで思考に関与しているか」といえるかもしれません。
AI導入で開発組織の育成格差は広がる
DORA 2025は、AIの役割を「増幅器(amplifier)」として整理しています。
つまりAIは、
- 良い開発プロセス
- 良いレビュー文化
- 良い育成設計
を持つ組織では、強力なレバレッジになります。
一方で、
- 育成が属人的
- レビューが弱い
- 学習プロセスが見えていない
- 品質判断が曖昧
こういった組織では、問題そのものを増幅する可能性があります。

実際、AI委任が進むことで、
- つまずき体験が減る
- 概念理解やデバッグの能力が育たない
- AIコードのレビューが甘くなる
- 品質問題が増える
- さらにAI依存が進む
という負の自己強化ループも起こり得ます。

AI時代のエンジニア育成は「個人の努力」ではなく「設計」の問題になる
では、開発組織は何を変えるべきなのでしょうか。重要なのは、AI利用を禁止することではありません。
むしろ必要なのは、
- どこでAIを使うか
- どこで自分で考えるか
- どこで検証するか
- どこで説明責任を持つか
を、組織として設計することです。
特にAI時代は、表面的なアウトプットだけでは、実際の理解度や成長状態が見えにくくなります。
だからこそ、
- AI活用状況
- レビュー負荷
- 開発プロセス
- 成長状態
を把握しながら、マネジメントが介入できる状態をつくる必要があります。
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参考・出典
DORA “State of AI-assisted Software Development report” (2025)
Stack Overflow “2025 Developer Survey”(2025)
CodeRabbit “2025 was the year of AI speed. 2026 will be the year of AI quality.”(2025)
Judy Hanwen Shen, Alex Tamkin “How AI Impacts Skill Formation”(2026)
Bjork, R. A. “Memory and metamemory considerations in the training of human beings”(1994)
Manu Kapur “Productive Failure”(2008)
Hussel Suriyaarachchi, Paul Denny, Suranga Nanayakkara “Investigating the Use of Productive Failure as a Design Paradigm for Learning Introductory Python Programming”(2024)